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「双葉の前に双葉無し、双葉の後に双葉無し」あの69連勝をした昭和初期の大横綱・双葉山を称した言葉である。
当時は年2場所、11日で行われていたので、約3年間負けていなかったことになる(今は年6場所で15日だから、単純に換算すると約250連勝にもなってしまうが…)。
70連勝ならずの一番で安藝ノ海に敗れた場所は、本来なら体調不良で休場の予定だったが、同じ横綱の玉錦が急死したため、横綱の責任感で強行出場した上での敗戦だったそうだ。
敗れた後、「未だ木鶏たりえず」(木鶏とは闘鶏を木彫りにしたもので、木彫りの鶏のように全く動じない最強の状態にはまだまだなれない。)と打電したとされるが、破れた後も普段通りで表情一つ変えなかったそうだ。
実は引退後に明かしたことだが、少年時代の負傷が元で右目が半失明状態(5歳の時に吹矢が右目に当たったという)だったことや、右手の小指が不自由(事故で2度も右手の小指に重傷を負いその後遺症による)といったハンデを抱えながら、まさに相撲道を極めた不世出の横綱であった。
また、双葉山の70連勝を阻止した安藝ノ海が出羽海師匠に報告した際、「勝って褒められる力士になるより、負けて騒がれる力士になれ」と言われたとされるが、その安藝ノ海はその後、横綱にまで昇りつめる。
と、相撲界の美談は今や昔の物語?
ハングリー精神が薄れ、相撲より稼げる野球・サッカー・ゴルフなどのスポーツに才能ある子が流れるのは世の必然なのかもしれないが、何とかならいないものなのかと深い溜め息をつく(何せ国技なんだから)。
そういえば、もう一つの国技である柔道だが、我が町・飯能には道場もないし、学校の部活もないようだ。うちの息子が小学生のころ、飯能警察署でボランティアの先生に習っていたけど、その先生たちがいつも嘆いておりました。
だからといってはなんだが、このままではほとんどの幕内力士が外国人になってしまうだろう。果たして貴乃花はそこらあたりを変革できるだろうか。またそんな状態が国技と言えるのだろうか…
それと、朝青龍だけど…彼は相撲における何かとても大事な部分での理解が出来ていないのだろうね (日本語はとっても上手だけど…) 。そしてその溝というか隔たりは限りなく大きなものなんだろうな(つまりアイディンティティの問題なのかも?) 。その点、白鵬には花はないが、親父がモンゴル相撲の横綱だけあってか、しっかりとした芯を感じはするけど……。
話は変わるが、先日飯能市で行われた奥武蔵駅伝。あの山の神がまた来てくれた。昨年はスタート付近で見てたけど、それだとすぐに見えなくなってしまうので、今年は自分なりに最高の地点でその走りを目の当たりにしようと、待ち構えておりましたが、待てど暮らせど来ないので何かあったのかと思っていたら、「この道じゃなくて高麗横町で曲がったよ」と通りがかりのおじさんに教えられ、すごすご帰宅(ちゃんと調べなかったというか思い込みで道を一本間違えました、残念…)。でもその後テレビ飯能が生中継していることに気づき、襷渡しのシーンのみ見ることが出来ました(生中継と言っても固定カメラが悲しいが)。
結果的には、東洋大Bが優勝し、柏原君が一区の区間を取ったのだけれど、ほぼ同時にゴールしたのが何と高校生。埼玉栄高校の服部君。度肝を抜かれました。きっと彼は来年の箱根の目玉となるだろうね。
前回のコラムでも書いたけど、ずば抜けた存在の人物が出てくると、その業界は必ず活性化するもんですね。
歴史で見ても、ひとりの英雄が出る時には、その近くや同世代に必ず多くの人物が出ている。幕末の長州と薩摩を見ればわかるけど、とにかく狭い地域の中にこんなにも英雄が出るものなのかと驚いてしまう。
いわゆる相乗効果というか、それが当たり前になってしまうのだろう。
とにかく冬季オリンピックも開催中で、どんなドラマが展開されるか興味は尽きないが、服装の乱れで注目される選手になるより、メダルが取れなかったことで注目される選手がたくさん出てくれることを期待しよう。
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